SBTの短期目標と長期目標、それぞれの導入の経緯、定義、重要性を解説

これまでのSBTi(SBTイニシアティブ)の歩みのうち2021年10月のネットゼロ基準の導入は大きな出来事の1つでした。
そして、読者の方の中には、ネットゼロ基準の導入がされた後は、「ネットゼロ目標」を掲げる企業が「短期目標」と「長期目標」の両方を設定して達成しなければいけなくなったということをご存知の方もおられるかと思います。
しかし、ネットゼロ基準の導入がされる前から呼ばれていたSBT(Science Based Targets)という目標が2015年のSBTi設立当初から短期目標という扱いであったのかどうかとなると、私のように理解が曖昧になってしまう方がいらっしゃるのではないかと思います。
そこで、第5回目となる今回の調査では、過去と現在のSBTiの資料を紐解きながら、短期目標と長期目標がいつから導入されたのかということや、それらの定義と重要性を明らかにしていきたいと思います。

目次

短期目標と長期目標の導入の経緯

短期目標はSBTi設立当初からの目標を再定義して導入

「短期目標(Near-term targets)」とは、2021年10月のネットゼロ基準導入時に、SBTi設立当初から単に「SBT」と一般的に呼ばれていた目標を名称変更して再定義したものです

●SBTi設立当初からSBTと呼ばれていた目標の書類上の正式名称は、「SBTi Criteria and Recommendations(SBTi要件と推奨事項:星山仮訳)」Version 4.2(2021年4月15日出版、同日発効)という過去の書類を参照すると、元々「中期目標(Mid-term targets)」であったことが分かります。

●その「中期目標」が、ネットゼロ基準導入時に同時に改訂出版された「SBTi Criteria and Recommendations」 Version 5.0(2021年10月27日出版、2022年7月15日発効)によって、「短期目標」へと名称の変更をされました。

●また、「SBTi Criteria and Recommendations」のVersion 4.2からVersion 5.0への改訂時に、名称の変更に伴って、その定義も「5~15年をカバーする目標」から「5~10年をカバーする目標」へと期間が短縮されました。

長期目標はネットゼロ基準導入前から推奨事項として導入済

「長期目標(Long-term targets)」は、ネットゼロ基準導入前から既に存在していましたが、前述のとおり「中期目標」を「短期目標」へと改めたことに伴って、「長期目標」という名称のまま定義だけ変更されることとなりました

●具体的には、その定義は、「SBTi Criteria and Recommendations」のVersion 4.2からVersion 5.0への改訂時に、「15年を超える期間をカバーする目標」から「10年を超える期間をカバーする目標」へと変更されました。

●長期目標は、2050年以前までに達成する目標として設定することを、ネットゼロ基準導入の前から、要件ではなかったものの、推奨されていました。

短期目標と長期目標の定義

定義はネットゼロ基準導入前後で異なる

短期目標と長期目標の定義は、ネットゼロ基準導入の前後で異なります。具体的には、前述の「SBTi Criteria and Recommendations」を参照すると、次のように変更されています。

●ネットゼロ基準導入前(「SBTi Criteria and Recommendations」のVersion4.2まで)

中期目標(旧短期目標)認定のための目標提出日から起算して5~15年をカバーする目標
長期目標(旧長期目標)認定のための目標提出日から起算して15年を超える期間をカバーする目標
※2050年以前までに達成する目標(目標設定は要件ではなく推奨事項)

●ネットゼロ基準導入後(「SBTi Criteria and Recommendations」のVersion5.0から)

短期目標(現短期目標)認定のための目標提出日から起算して5~10年をカバーする目標
長期目標(現長期目標)認定のための目標提出日から起算して10年を超える期間をカバーする目標
※2050年以前までに達成する目標(目標設定はネットゼロ基準に準拠)

●ここで参照した書類「SBTi Criteria and Recommendations」 Version 5.0は、その後「SBTi Criteria and Recommendations for Near-term Targets(SBTi短期目標の要件と推奨事項:星山仮訳)」Version 5.1を経て、現在は、「SBTi Corporate Near-term Criteria(SBTi企業短期目標要件:星山仮訳)」Version 5.2という名前の書類に改訂されていますが、この最新版を見ても上記の定義に変更はありません。

短期目標と長期目標の重要性

短期目標も長期目標もそれぞれに等しく重要

●「SBTi Corporate Net-Zero Standard(SBTi企業ネットゼロ基準)」Version 1.2(2024年3月版)の第2章「The Net-Zero Standard Framework(ネットゼロ基準の枠組)」を見ると、「短期目標」と「長期目標」の意味と背景は次のように解説されています。

短期目標意味:短期目標は、1.5度水準の経路と整合した5~10年の温室効果ガス(GHG)緩和目標である。企業は短期目標日に到達した場合、長期目標に到達する経路の重要な段階として、新しい短期目標の数値を決定しなければいけない。
背景:短期目標は、2030年頃までに達成されるべき大幅な排出削減に必要な行動を促すものである。短期の排出削減は世界全体のカーボンバジェットを超えないために極めて重要なものであり、長期目標で置き換えることはできないものである(長期目標との置き換えは不可能であるものの、企業が設定しようとする長期目標が1.5度水準の経路に従ってネットゼロに必要な水準の脱炭素をグローバルかセクターのレベルで10年以内に達成するようなものである場合には、そのような長期目標は必要ない)。
長期目標意味:長期目標は、企業が2050年以前までに1.5度水準の適切な経路に従ってグローバルかセクターのレベルでネットゼロに到達するためにはどれだけサプライチェーン排出量(Scope1、Scope2,Scope3の排出量の総和)を削減しなければいけないかを示したものである。
背景:長期目標は、科学に基づく気候目標の達成に必要な水準の世界的排出削減を成し遂げるために、経済全体の整合性と長期の事業計画を促進するものである。

「緩和(mitigation)」は、「SBTi Glossary(SBTi用語解説)」Version 1.0(2024年2月版)で「GHGの排出量を削減したりGHGの吸収源を強化したりするための人為的介入」と定義されています。一般に、気候変動への対策では、「緩和」と「適応」がセットで語られますが、環境省のサイト「エコジン」では、「気候変動への対策には、大きく分けて、気候変動の原因となる温室効果ガスの排出量を減らす『緩和』と、すでに生じている、あるいは将来予測される気候変動の影響による被害を回避・軽減させる『適応』の2つがあります。」と解説しています。

「カーボンバジェット(Carbon budget)」は、「SBTi Glossary」 Version 1.0(2024年2月版)では、「他のGHGや気候変動要因の地球表面温度への影響を考慮した上で、参照期間(産業革命前など)からの地球表面温度の上昇を所定の水準までに抑えるために見積もられた世界全体の二酸化炭素排出累積試算量」と定義されています。国立環境研究所から引用したもう少し分かりやすい定義は次のとおりです。
「カーボン・バジェットとは、気温上昇をあるレベルまでに抑えようとする場合、温室効果ガスの累積排出量(過去の排出量+これからの排出量)の上限が決まるということを意味します。過去の排出量は推計されているため、気温上昇を何度までに抑えたいかを決めれば、今後、どれくらい温室効果ガスを排出してもよいかを計算できるということになります。」
これに関連して、「残余カーボンバジェット(Remaining carbon budget)」という言葉もあります。これは前述の国立環境研究所の定義にならえば、これからの排出量の許容上限値になるかと思います。時間の経過と共に、残余カーボンバジェットは減少していき、将来的に排出を伴う産業活動の余裕がなくなっていきます。残余カーボンバジェットを超えて排出してしまえば、IPCCの1.5度特別報告書で示されるとおり、壊滅的な気象災害などを受けるリスクが高まることになります。なお、カーボンバジェットは「炭素予算」とも訳されます。

●この表でお伝えしたいことは、短期目標として2030年頃までの期間に野心的に多くの排出削減を達成することは、残余カーボンバジェットの観点から見た負債を将来世代に先送りしないために極めて重要なことになるということです。

●つまり、長期目標として2050年以前までにネットゼロに到達することだけではなく、そこまでの過程も大切であり、短期目標として2030年頃までに野心的に多くの排出削減をすることも等しく重要になるということです。

短期目標のみの認定も可能であり重要

●「SBTi Corporate Net-Zero Standard」Version 1.2(2024年3月版)の第5章「The Corporate Net-Zero Standard Criteria and Recommendations(企業ネットゼロ基準の要件と推奨事項)」を見ると、短期目標だけの設定を希望する企業は「SBTi Corporate Near-term Criteria」Version 5.2(2024年3月版)を参照するように記載されており、それに従って同書類の「Introduction(はじめに)」を見ると、「短期目標だけの認定を希望する企業は今までどおりそうすることも認められる。しかし、短期目標の設計が長期目標の設定に対して持つ影響を考慮してSBTiは企業に対して将来的にネットゼロ目標を設定することを検討するよう推奨する」と記されています。

●つまり、企業は、ネットゼロ目標(短期目標と長期目標の両方が必要)を設定するよう推奨されているものの、短期目標だけの認定も認められているということです

まとめ

第5回目の調査記事となる今回は、まず短期目標と長期目標の導入の経緯を確認しました。具体的には、短期目標はもともと単にSBTと呼ばれていたSBTi設立当初からの目標を名称変更して再定義したものであること、そして、長期目標は以前から推奨事項として存在していたものであることをそれぞれ確認しました。
そして、短期目標と長期目標の定義がネットゼロ基準導入時点で変更されたことを確認しました。
さらに、短期目標も残余カーボンバジェットの観点から負債を将来世代に先送りしないために長期目標と同様に等しく重要であるということを確認した上で、その重要な短期目標だけの認定を受けることも可能であることを最後に確認しました。
SDGs(持続可能な開発目標)でもよく言われるように、残り6年を切った2030年までの私たち一人ひとりの行動が私たち自身にとっても将来世代にとっても極めて重要になると思います。まだ、SBTの短期目標の設定をお済みではない企業の方がこれを機に短期目標の設定の検討を始めていただけるならば、私としても今回の記事を執筆した甲斐があったというものであり、とてもうれしく思います。

このブログでは、初心者による初心者のための分かりやすい解説を売りにして、回を重ねて少しずつ疑問点を調査に基づいて解消していくという執筆方針をとっており、体系的な知識・情報をあらかじめ取得してから記事を書いている訳ではありません。
読者の皆様には、その点をご理解いただいた上で参考にしていただきたいと思っています。
今後ともよろしくお願いいたします。

投稿後の加筆・修正

【2024.11.18】重要情報の強調を目的に加筆・修正

※この記事は2024.06.01に初投稿していますが、以下の点を目的に、2024.11.18に本文の関連箇所を加筆・修正しています。

①長期目標の定義に関して、「10年を超える期間をカバーする目標」という定義に加えて「2050年以前までに達成する目標」という定義もあることをより強調させること

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