SBT(Science Based Targets)って「地球温暖化」を通り越して「地球沸騰化」とさえ言われるこの時代にとても大切そうと思いつつも、何かとっつきにくくないですか?
私は、数年前にSBTという言葉に初めて出会いましたが、インターネットで中身を調べようとしても分かりやすくて的を射た説明を見つけられなかった記憶があります。
その当時の私は、ハイブリッド車と電気自動車とではどちらが二酸化炭素排出量を少なく済ませられるのかについて問題意識を持っており、自動車の製造から使用を経て廃棄までのライフサイクル全体を評価するライフサイクルアセスメント(LCA:Life Cycle Assessment)の視点が重要だと感じていました。しかし、LCAや持続可能性(sustainability)との関連でSBTが大切だとは感じつつもよく理解できずに歯がゆい思いをしました。
そこで、このブログでは、これから何回かに分けて少しずつSBTについて掘り下げて調査してその内容を整理して紹介していこうと思います。
初回は、「SBT」の日本語訳や用語「Science Based」の由来等の名称についてです。
SBT(Science Based Targets)とは
SBTの日本語訳は「科学的知見と整合した目標」
●SBTの正式英語名称は、「Science Based Targets」になります。
●SBTの日本語訳は、「科学的知見と整合した目標」(WWFジャパンによる)になります。
●SBTの日本語訳にはネット上を見るとバラツキがあり定訳らしきものは見られませんが、SBTを推進する4団体のうちの1つであるWWF(World Wide Fund for Nature:世界自然保護基金)の日本支部にあたるWWFジャパンによる日本語訳が適切かと思い、ここではそれを紹介しています。
●一方、環境省では、統一的な日本語訳を使用せずそのまま「SBT」として英略語を使用しているケースが多いようです。また、日本語訳として表記する場合は主なものでも次のとおり3種類が環境省のサイト上でみられます。SBTが目指すところは、温室効果ガスの排出削減であるため、以下の②、③のような日本語訳はその内容を簡潔明瞭に表現していると思います。
- ①「科学と整合した目標設定」
- ②「2015年に採択されたパリ協定が求める温室効果ガス削減水準と整合した温室効果ガス削減目標」
- ③「パリ協定が求める⽔準と整合した、企業が設定する温室効果ガス排出削減⽬標」
●その他、民間ベースでは、英語で「Science」が「科学」、「○○-based」が「○○に基づいた」、「Target」が「目標」なので、「科学的根拠に基づいた目標設定」等とも日本語訳されています。
●以上、日本語訳を見てきましたが、「SBT」とアルファベットの短縮語で表記するのが日本国内でも一般的かと思われます。
SBTiは「SBTイニシアティブ」
●SBTiは、「SBTイニシアティブ(SBT initiative)」の省略形になります。
※「イニシアティブ(initiative)」という英語は、辞書によると「新構想」「新規計画」「新しい取組み」「重要な行動・声明」等を意味する単語となっています。日本人が「会話のイニシアティブを取る」等といった文脈で使用する場合には、「主導権」の意味で使用されることが多いですが、国連等の国際的な組織が「共同イニシアティブを設立した」等といった文脈で「イニシアティブ」を使用する場合には、「社会課題を解決するために新たに設けた構想・取組みで、その趣旨への賛同・参画者を広く求めていこうとするもの」といったような意味で使用することが多いのではないかと思います。
●SBTiは、WWFジャパンの解説サイト記事「Science Based Targetsイニシアティブ(SBTi)とは」によると、2015年にWWF、CDP、WRI、UNGCの合計4団体によってSBTを推進する目的で共同イニシアティブとして設立されたとされています。SBTiを構成する4団体の正式名称は、次のとおりです。
- WWF(World Wide Fund for Nature:世界自然保護基金、国際環境NGO)
- CDP(旧Carbon Disclosure Project、現正式名称はCDP、国際環境NGO)
- WRI (World Resources Institute:世界資源研究所、地球環境・開発問題の政策研究所)
- UNGC(the United Nations Global Compact:国連グローバルコンパクト、国連と民間を繋ぐイニシアティブ)
●ただし、SBTの公式サイトは、「SBTiが呼びかける問題解決行動は、We Mean Business Coalition(詳細は後述)の取組事項の1つです。」と記しており、また、「SBTi Monitoring Report 2023」の中でも、上記4団体にWe Mean Business Coalitionを加えたものがSBTiの設立パートナーであると記されています。
※環境省のサイト「グリーン・バリューチェーンプラットフォーム」の「排出量削減目標の設定」の「SBT詳細資料(2024年10月29日更新版)」を見ると、SBTiがWe Mean Business Coalitionの取組み事項の1つであることには間違いがありません。そのWe Mean Business Coalitionを構成団体に含めて数えるかどうかは説明者によって意見が分かれるところのようです。
●2022年6月に、SBTiは、SBT認定に対する需要の高まりに応える目的でSBTiをイニシアティブから正式な法人組織へと独立させることを発表しました。そして、翌2023年6月に、SBTiは、SBTiの設立に関わった上記4団体およびWe Mean Business Coalitionとの連携を維持しつつも法人化されるとともに、英国でチャリティ(非営利組織)として認定され、組織力の強化を図っています(SBT公式サイト2022.09.05付ニュース記事と「SBTi Monitoring Report 2023」の「About the SBTi」を参照)。
●さらに、2023年9月に、SBTiは、本体組織に基準策定部門を残した上で、本体組織から目標認定部門を分離・独立させ、その分離・独立した下部組織にSBTi Services Limitedと名付けています。SBTi Services Limitedは、目標認定の効率化・迅速化を進めており、目標認定料金として企業から得た利益を本体組織であるSBTiに寄付しています(SBT公式サイト2023.09.13付ニュース記事と「SBTi Monitoring Report 2023」の「About the SBTi」を参照)。
We Mean Business Coalitionは「私達は本気でやる覚悟だ」を意味する連合体
●We Mean Business Coalitionは、「私たちは本気でやる覚悟だ」を意味する名称を持った非営利のグローバルな連合体であり、グローバルな影響力の強い企業と協働して、気候変動問題に取り組んでいます。先ほども書いたとおり、SBTiが呼びかける問題解決行動(SBT認定取得と排出削減の行動)は、We Mean Business Coalitionの取組事項の1つに含められています。
※英語で「mean business」は、イディオムであり、「(約束したことなどに)本気である」「やると言ったことをやる覚悟でいる」といったことを意味します。したがって、「We Mean Business」は直訳すれば、「私たちは本気でやる覚悟だ」といったような意味になります。また、Coalitionは「連合」を意味する英語です。We Mean Business Coalitionの目標は、「企業と政策を変革し、2030年までに世界の温室効果ガスの排出量を半減させ、2050年までにグローバル規模でネットゼロ経済に包括的に移行させる」ことであり、特に企業の変革を重要視しているため、「企業」を意味する「Business」という単語を含んだイディオムを連合体の名称に選んだのではないかと私は想像しています。
Science Basedという用語の由来
Science BasedはIPCCを主とした専門家が提供する「気候科学」が元
●SBTの公式サイトを見ると、「気候科学(Climate Science)」と整合した温室効果ガスの排出削減目標が重要であるという趣旨の文章が散見されます。
●また、SBTの公式サイトは、SBTiが行動を喚起する理由として、パリ協定(詳細は後述)の内容とIPCC(詳細は後述)の「1.5度特別報告書」の内容を挙げています。具体的には、パリ協定に関しては、「2015年に採択されたパリ協定を通して世界の政府は世界の平均気温上昇を産業革命以前に比べて2度より十分低く保ち(2度目標)、1.5度に抑える努力をする(1.5度努力目標)ことを宣言した」ということを記載しています。また、IPCCの「1.5度特別報告書」に関しては、「気候変動の壊滅的影響を避けるためには地球温暖化が1.5度を超えてはならないことをIPCCが2018年に警告した」ということを記載しています。
●補足説明すると、パリ協定は2015年に採択されていますが、この時点ではその根拠となる長期の気温目標に関しての科学的知見は十分ではないとして、採択後にIPCCに特別報告書の作成が求められ、その結果として、2018年にIPCCの「1.5度特別報告書」が発表され、その後の2021年の国際会議COP26(COPの詳細は後述)で、「2度目標」と「1.5度努力目標」の継続が再確認されたという経緯があります(資源エネルギー庁のサイト「気候変動対策を科学的に!『IPCC』ってどんな組織?」参照)。
●これらから判断すると、「Science Based」という用語の由来は、IPCCを主とした専門家が提供する「気候科学」の科学的知見によるものと考えられるかと思います。
IPCCは気候変動に関する科学的知見の提供者
●IPCCは、「気候変動に関する政府間パネル(Intergovernmental Panel on Climate Change)」です。
●IPCC公式サイトによると、IPCCは、WMO(世界気象機関)とUNEP(国連環境計画)によって1988年に創設されたもので、あらゆるレベルの政府組織に科学的知見を提供し、その科学的知見を気候政策の立案のために利用してもらうことを業務目的とするとされています。また、IPCC報告書は、国際的な気候変動交渉の重要な拠り所ともなっているとされています。
●IPCC報告書は2024年3月時点で第6次評価報告書まで公表されており、定期的な評価報告書の他に「1.5度特別報告書」等もあります。
パリ協定採択のCOP21は第21回国連気候変動枠組条約締約国会議
●パリ協定を採択した2015年のCOP21は、第21回国連気候変動枠組条約締約国会議を指しています。
●COPは、「締約国会議(Conference of the Parties)」のことで、「国連気候変動枠組条約(UNFCCC:UN Framework Convention on Climate Change)」に限らず、生物多様性条約やラムサール条約等の各種条約でも回数を重ねて開催されていますが、どの条約かの説明もなくCOPという場合には、UNFCCCのCOPを意味する場合が多いようです。
●UNFCCCのCOPは、1992年に採択されたUNFCCCに基づき、1995年のCOP1を皮切りに毎年開催され(2020年は開催見送り)、世界での実効的な温室効果ガス排出量削減の実現に向けた議論を行っています。
●IPCCによる第1次評価報告書は、UNFCCCが採択されるより前の1990年に既に公表されています。このため、UNFCCCのCOPは、その第1回会合COP1から基本的にはIPCCの作業部会に科学的根拠の情報提供を委ねた形となっており、それが今日まで踏襲されて議論が進められているようです(岩波新書、沖大幹著、「水の未来」p139~p140参照)。
パリ協定は国際的な2度目標、1.5度努力目標の基礎
●外務省のサイトの「気候変動」「2020年以降の枠組み:パリ協定」では、パリ協定の概要を次のとおり説明しています。
- 世界共通の長期目標として2℃目標の設定。1.5℃に抑える努力を追求すること。
- 主要排出国を含む全ての国が削減目標を5年ごとに提出・更新すること。
- 全ての国が共通かつ柔軟な方法で実施状況を報告し、レビューを受けること。
- 適応の長期目標の設定、各国の適応計画プロセスや行動の実施、適応報告書の提出と定期的更新。
- イノベーションの重要性の位置付け。
- 5年ごとに世界全体としての実施状況を検討する仕組み(グローバル・ストックテイク)。
- 先進国による資金の提供。これに加えて、途上国も自主的に資金を提供すること。
- 二国間クレジット制度(JCM)も含めた市場メカニズムの活用。
まとめ
SBTの調査の初回となる今回は、SBTの日本語訳等名称について見てきました。
2024年1月に、EUの気象情報機関Copernicusは、2023年の世界の平均気温が産業革命前に比べて1.48度上昇したことを発表しています。
このような中、SBTiが喚起する問題解決行動の重要性は益々高まるばかりだと思います。
気候変動対策においては、全ての人が明るい未来を願いつつできることを粛々と実行していくことが大切だと思います。
私もまずはSBTに関する情報提供を続けたいと思います。
投稿後の加筆・修正
【2024.11.19】追加情報の提供を目的に加筆・修正
※この記事は2024.03.15に初投稿していますが、以下の2点につき追加で情報提供することを目的に、2024.11.19に本文の関連箇所を加筆・修正しています。
①SBTiが法人化して英国でチャリティ(非営利組織)として登録されたこと。
②SBTiが基準策定部門を主とする本体組織から目標認定部門を分離・独立させたこと。