環境省のサイト「グリーン・バリューチェーンプラットフォーム」はSBT(Science Based Targets)認定を目指す企業の担当者の方々がまず目を通すべきサイトの筆頭候補に挙げられるかと思いますが、同サイトの「原典」を見ると、SBTi(SBTイニシアティブ)の資料の一部では最新バージョンの翻訳版まではまだ提供されていない状況です。
私が知る限りでは、このサイト以外に環境省がSBTi資料の翻訳版を提供しているサイトはないという理解でいますが、このために各企業の担当者の方々の中にはSBTi資料の英語原典を紐解く必要に迫られている方もいらっしゃるのではないかと思います。
そこで、第7回目となる今回の調査では、SBTi資料の頻出単語である「Ambition」に的を絞って、英和辞書の訳語「野心」ではなにかしっくりこないなと違和感を覚えた経験のある方を特に対象にして、その意味や応用が利く解釈の仕方を明らかにしていきたいと思います。
「Ambition」を常に「野心」と解釈すると違和感が残る理由
「Ambition」は心そのものと心の対象の両方を意味
●SBTiの資料を読んでいる時に、「Ambition」を常に「野心」と解釈しようとするとすんなり意味が通らないことがあるかと思います。
●「Ambition」は、札幌農学校のクラーク博士の言葉として有名な「Boys, be ambitious! (少年よ、大志を抱け)」で使われている形容詞「Ambitious(野心的な)」の名詞形で、「野心」という意味でもちろん間違いではありません。ただし、文脈によっては、「Ambition」は野心の対象(狙いや目標)を意味することもあります。
●参考までに、Oxford現代英英辞典でのAmbitionの語義は、 (1) something that you want to do or achieve very much(どうしても成し遂げたり達成したりしたいこと)、 (2) the desire or determination to be successful, rich, powerful, etc.(成功したい、お金持ちになりたい、有力でありたいなどという熱望や決意)となっています。これによって、 (1)心の対象と(2)心そのものの両方が語義であることがご確認いただけるかと思います。
●このように、「Ambition」は心そのものと心の対象の両方の意味を文脈に応じて持つことになりますので、「野心」という訳語で資料中の全ての解釈を済ませようとすると、無理が生じるのだと思います。
「Ambition」の類似語「Desire」「Aspiration」「Passion」も両義
●「Ambition」の用法の理解を深めるために、これと用法が類似した語をSKELLというオンラインの無料簡易版コーパスで検索すると、「Desire」「Aspiration」「Passion」の順で複数の語がヒットします。これら3語は、「Ambition」と同様に、いずれも「心そのもの」と「心の対象」の両方を意味にとれる単語であることが英英辞書や英和辞書を調べると分かります。
●例として、用法が類似したこれらの語が心の対象を意味にとる場合で解釈に誤りが起こりがちな場合の例文を正誤の訳文と共に以下のとおり列挙します。
I got my desire. | ×「私は希望を手に入れた」 ○「私は希望のものを手に入れた」 |
The presidency is the aspiration of boys. | ×「大統領になることは少年達の熱望だ」 ○「大統領になることは少年達が熱望する夢だ」 |
Teaching is my passion. | ×「教職は私の情熱です」 ○「教職は私が情熱を注げる仕事です」 |
Our ambition is 1.5℃. | ×「弊社の野心は1.5度です」 ○「弊社の野心的狙いは1.5度です」 |
「Ambition」が心の対象を意味する場合の解釈の仕方とその応用性
「Ambition」が心の対象を意味する場合は「野心的狙い」と解釈すると応用性あり
●「Ambition」が野心そのものではなく野心の対象を意味する場合は、大元の意味として「野心的狙い」と解釈しておくと、応用が利くと思います(「野心的目標」という解釈もできるのですが、SBTi資料の中で「Ambition」も「Target」も「Goal」も全て「目標」と解釈しようとすると混乱するかと思い、ここでは「狙い」という言葉を当てています)。
●これを検証するために、SBT公式サイト上にある「G7諸国の気温上昇」(原題:Taking the Temperature)というCDP Japanの翻訳文書の中にある「Ambitionを含む用語」とその「用語の訳語」を下表のとおり対比させるとともに、「野心的狙い」という解釈を使用した大元となる解釈の方法を下表の括弧内に併記します。
●以下の表を見ていただくと、「Ambition」が野心の対象を意味する場合には、Ambitionを「野心的狙い」と大まかに解釈しておけば、その狙いの中身が気候変動対策であろうが排出削減であろうが文脈によらずたいてい応用が利いて意味が類推できるというイメージを持っていただけるのではないかと思います。
Climate Ambition | 気候変動対策 (気候に関する野心的狙い) |
Ambition Gap | 目標と現状のギャップ (野心的狙いのギャップ) |
Ambition Loop | (企業と政府とによる)気候変動対策強化の相互作用 ((企業と政府とによる)野心的狙いの輪) |
Corporate Ambition | 各企業の気候変動対策への意識の高さ (企業の野心的狙い) |
Business Ambition for 1.5℃ | N/A (1.5度を目指す企業の野心的狙い) |
Ambition Zero Carbon | N/A (ゼロ炭素という野心的狙い) |
まとめ
第7回目の調査記事となる今回は、まず、「Ambition」は、文脈によって野心そのものではなく野心の対象(狙いや目標)を意味することもあるため、常に「野心」と解釈しようとすると違和感が生じることがあるということを確認しました。
続いて、「Ambition」が野心の対象を指す場合は「野心的狙い」と解釈しておくと、その狙いの中身が具体的に気候変動対策であろうと排出削減であろうと文脈によらずある程度応用が利いて意味が類推できるということを確認しました。
このように、今回取り上げた「Ambition」はSBTi資料では頻出単語となっているにも関わらず、その割に解釈や翻訳が難しく読者の頭を悩ませる単語となっています。
今回の解説記事がこれから自らSBTiの英語原典を紐解いていく予定のある企業担当者の方々のお役に立てたならばうれしいです。
このブログでは、初心者による初心者のための分かりやすい解説を売りにして、回を重ねて少しずつ疑問点を調査に基づいて解消していくという執筆方針をとっており、体系的な知識・情報をあらかじめ取得してから記事を書いている訳ではありません。
読者の皆様には、その点をご理解いただいた上で参考にしていただきたいと思っています。
今後ともよろしくお願いいたします。